M姫エロ妄想記録簿、ご堪能あれ。(告知:6月末閉鎖予定)

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2006年 01月 13日
臓器提供。
by みぃ | by twin_mica | 2006-01-13 22:22 | マジメなお話。
mdnkタソのblog、『The Rosy Sky』、
たび重なるデザイン変更でいつも『プログラマってすごいなー』と感心するんですけど。
またしてもイメチェンして、興味深いエントリーをドカーンとくれました。
さっそくトラックバック。
タイトルは『Organ Transplant』([The Rosy Sky]by mdnk)
日本語にすると『臓器移植』です。




あたしのタイトルは『臓器提供』。英語表記すると『Organ donation』。


医療の技術がどんどん進んで、昔は死んではずの病気も治るようになって。
あたしも何度も病院にお世話になって、意識不明から助けてもらったり。


話を大きくすると、医療技術の発展により、
死なずにすんだという幸せなお話が日本のいたるところにある一方で、
本来なら死んでるはずの老人が助かったために高齢化が問題になっている日本。


医療技術の発展、医療の世界の公開、公表される医療ミス。

どんどん難しいことにトライしてくれる医療技術。
それでもお医者さんも人間ですから。
医療ミスだってあるはず。

でも実際、自分にとってかけがえのない人が、そのミスで死んでしまったら・・・

訴える遺族の気持ちはもちろん理解できるし、共感できる。

医者は何やってんだ!とね。


でも、病院に駆け込む人のほとんどは、
風邪だったり虫歯だったり、少なくとも病院に助けられてるんじゃないかな。

そうじゃなきゃ誰も病院なんて行かないと思う。


数年前にドナーカードというのが話題になり、
あたしもお母さんに 『ドナーカードを持ちたい』 と言ったことがある。

そのときのお母さんの顔、忘れられないんだけど・・・・

『 やめて・・・・・ 』

ハっとした顔で、涙目でした。


しばらくして、台所で夕飯の準備をしながら背中ごしにお母さんが

『 みかはなんでそんなこと思ったの? 』、って。


ん~、だって、みかが死んでも、
他の誰かがみかの内臓使って死なずにすむんでしょ。
そしたら、それで喜ぶ人もいるんだし。
それに、みかが死んでも、その人の体の中でみかが生き続けるなら、
お母さんだって寂しくないでしょ?


台所で背中を向けたまま、お母さんは忙しそうにしてたけど、
あんまり嬉しそうじゃないかんじがした。


ねー、なんで喜ばないの?


と、親の気持ちも察することなくお母さんを責め立てる。


『 みかはね、お母さんが産んだ、たったひとりのみかなんよ。
  あんたが死んだらとか、他の人の一部になったらとか、
  そんなつもりでお母さんはあんた産んでないから・・・・・・  』



タトゥーをしたいと言ったときも、
初めてガングロメイクをしたときも、
ヘソにピアスをしたいと言ったときも、
お母さんがあたしの顔見て言うことはいつも同じで。

『 せっかくお母さんがきれいなみかを産んでるのに
  どうしてあんたは手を加えたがるんかね~・・・     』


献血をしようと思う、と言ったときも反対した。

『 あんたの200mlの血を作るために、
  どんだけあんたのカラダが頑張ってると思う? 』

結局自分の意思で後日献血に行ったけれど、
あたしは献血ができない、とお医者さんに言われてしまった。



じゃぁ、お母さんは、みかがもう死んでしまいますよ、っていうときに
輸血も、臓器提供も、他の人のものは要りませんって言うの?


しばらく沈黙が続いた。

お母さんは質問に対しての答えはくれなかったけど、
台所で背を向けて手を休めないまま、
そんなに大きな声じゃなかったけど、すごく大きな印象的な言葉を返してきた。


『 世の中のどこを探しても、あんたはたったひとりよ。
  みかの代わりになる人なんかおらんし、
  あたしが産んだみかを他の人にあげたいとか言っても
  お母さんは絶対反対やからね!              』




人は死ぬべきときを迎えて死んでいく。

生まれたくて生まれてきたんじゃない。

死にたくて死んでいく人なんて、そんなにいない。


臓器移植を待つ人たちの背景には
提供者の死と遺族の悲しみがあって
移植を受けたからには是非人生謳歌して欲しいし
明るい未来へ旅立って欲しいし・・・

自分の体の中に、提供者とその周囲の人の気持ちと、医療のチカラがあることを
忘れるわけもなく、きっと一生感謝しながら生きていくんだろう。
五体満足でここまで生きてきたあたしなんかより
感受性豊かで、命を大切にすることができるんだろう・・・とか思う。

この医療技術がどんどん発展していく世の中で、
あたしも脳死状態になったら誰かの役に立ちたいとは思う。
せっかくの医療の発展なんだから。

でも、お母さんの言葉が
あたしの中で大きな大きな引き綱になってるのも事実。


あたしは、人間として、あたしというたったひとりの人間なんだから。

悔いても、やり直したくても、

生まれてから死ぬまでは、ずっとあたし。


脳死は植物人間とは違うらしい。
植物人間は呼吸してるけど、
脳死はむりやり呼吸をさせても長くは持たないらしい。

どこからが『死』なのか・・・・

死んでも、まだ、あたしという人間なのか・・・・


そんなあたしは、まだ、臓器提供者として名を挙げていない。
いつか・・・または明日、もしくはこの直後、
あたしが 『脳死』 と診断される時が訪れたら・・・・

そのときにはもう、あたしの脳は死んでる。

臓器提供したくとも、自分の意思で挙手することはできない。

あたしはあたしであって、あたしの意思を持たなくなる。

それでもあたしは、あたしのカラダ。。。


生きてるうちに考えたい、

そう思うってことは、やっぱり 『脳死』 は 『死んでる状態』 なのかな・・・



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医療の知識はないし、blog書くためにいろいろ下調べもしてないから
間違ったことを書いてたらごめんなさい。

臓器移植について詳しく知りたい方は 『社団法人 日本臓器移植ネットワーク』 を参考にどうぞ。
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